雅楽道友会

道友会職員について

新屋治 (しんやおさむ)

履歴 昭和31年9月生まれ

昭和54年6月入門

昭和58年楽師
担当 専職 篳篥 笙 左舞 箏
担当稽古 木曜日 篳篥主任
楽器製作 笛・篳篥製作主任

篳篥リード製作専任
雅楽に対する思い・考え 雅楽には聴衆より演者が楽しむ構造であるという面白い一面があります。習っていない人には音色を唱歌で感じる事は出来ません。また、舞楽装束にある他人からは見えない箇所へのこだわりも、主体は演者やそれらの努力をも聞こし召す神仏(自身への加護を願う)だと感じる一因です。本物を継承していくには経験者の増強が不可欠だと思います。
会に対する思い・考え 廣教先生の内弟子として入門入会して30年が経ちました。何の技術も知識もなかった自分が「先生」と呼ばれるまでに育てて頂いた道友会には感謝という言葉以外は見つかりません。より良い楽器を作っていくことも雅楽の継承には必要だいうことも教えて頂きました。これからも雅楽といえば道友会と言われるよう努力し、恩に報いたいと思います。
風評 最年長で誰からも愛される‘ゆるキャラ’。三重県出身で脱サラし笙を吹きたくて入門するが、師匠が篳篥であった為あっさり変更させられる。性格は温厚で天然なのか本物なのか意味不明の言葉を発する。篳篥のリード作りは、刃物研ぎを含め右に出る者はいない。妻と自分を愛する。特技は書道と大ちゃん音頭

今西靖志 (いまにしきよし)

履歴 昭和38年12月生まれ

昭和57年4月入門

昭和61年楽師
担当 専職 篳篥 笙 右舞 箏
担当稽古 月・火・金曜日   笙主任
楽器製作 笙リード枠切り
雅楽に対する思い・考え 雅楽は日本人に元々備わっていた感覚・感情の音表現だと思います。自然の音に溶け込みある人には聞き流され又ある人には心地よさや感動を与える。現在では演奏会形式が多くなったが、元は神仏を敬い精霊を納め、奏者自身も諫め浄めるもだったと考えます。この文化が今後も継承されることを切に願うと共に私自身も携わっていきたいです。
会に対する思い・考え 廣教先生の御陰により、才能や技量に関係なく雅楽を真剣に学びたい者を迎え入れてくれた我が道友会には、管を基盤に全ての雅楽技術を修得出来る環境があります。これを会の伝統として受け継ぎ会員同士が切磋琢磨して演奏力を高め、次代の指導者も育てる努力をせねばなりません。また、楽器選びの基準に成り得るものの提供も目指します。
風評 どこに向かうのかも理解出来ないまま師匠に連れられバッグ一つで上京。奈良県は吉野山間部出身。入門時は敬語というものを知らなかった。貧しかった内弟子時代、菓子代わりに角砂糖をかじっていたことも。篳篥、笙と何でも器用にこなし責任感も強いが、抱え込む性格の為か独り言やため息が多い。

田中正之 (たなかまさゆき)

履歴 昭和40年7月生まれ

昭和58年9月入門

昭和63年楽師
担当 専職 篳篥 笙 右舞 琵琶
担当稽古 土曜日 右舞主任
楽器製作 笙リード中切り
雅楽に対する思い・考え 雅楽とは、ただ演奏出来れば良いというものではなく、礼儀作法は勿論こと、先生や先輩方の技と心を受け継ぎ、自分の体に取り入れ良く噛み締めて心を込めて表現をする音楽だと思います。
会に対する思い・考え 薗先生が内弟子に託した思いを大切にし、又、東儀先生が仰った「和を以て楽を為す」という御言葉を教訓に頑張っていきたいものです。
風評 大声を活かした宴会締めの応援リーダー役や声態模写は誰もまね出来ない。同じく秋田出身の会長からは「秋田の恥」と絶賛されている。舞のキレ、篳篥の熱演は賞賛の声も多い。明日の事は全く考えてないような為人は芸人の鑑と言えなくもない。趣味は植木の水やりと部屋環境の充実。来客に出す珈琲、御茶の味は天下一品。

加藤道信 (かとうみちのぶ)

履歴 昭和40年9月生まれ

昭和59年4月入門

昭和63年楽師
担当 専職 笛 左舞 琵琶
担当稽古 水曜日 笛主任
楽器製作 笙洗い調律
雅楽に対する思い・考え 雅楽は1200年以上もの間伝承されてきた世界に誇る総合芸術だと思います。楽師としての課題が管、絃、打物、歌、舞とあまりにも多く大変な芸術ですが、次世代へ正しく継承していく為に雅楽に携わる人全てが方向を見誤らず稽古に励む事が大切です。己自身を客観的に見続けられる様に精進致します。
会に対する思い・考え 薗廣教先生は人生を賭して内弟子を育てて下さいました。兄弟弟子達が切磋琢磨し、雅楽界が発展していく為に少しでも役に立つ人材に育っていく事こそが師匠 廣教の望む所であると考えます。ダイアモンドではなく路傍の石に過ぎない弟子達ではありますが、各々の優れた所を合わせ協力しながら、廣教先生から受けた御恩に報謝して参ります。
風評 会の正式行事では専ら司会者を務める。和歌山県出身で雅楽は小学生から始める。性格は関西でいう「いちびり」(関東でいう「お調子者」に近い)で常に喋っている。演奏に関する諸知識は随一だが、多忙による寝不足なのか合奏中に時々意識が飛んでいる模様。趣味は作業場外泊と「百万本のバラ」熱唱、節約家・愛妻家を自負する。

柴山純德 (しばやまよしのり)

履歴 昭和42年1月生まれ

昭和60年4月入門

昭和64年楽師
担当 専職 篳篥 笙 左舞 箏
担当稽古 火曜日 左舞主任
楽器製作 笙本体製作
雅楽に対する思い・考え 1500年ほど前から中国、インド、朝鮮、ベトナム等の国を経て大海原を船を漕ぎ、えっちらおっちらと漢字や高名なお坊さん等と共に命がけで伝えられた音楽や舞踊に、我が国に古来から伝わる国風歌舞が加わり洗練されたとされる現在の雅楽。日本だからこそ、平和だからこそ残された大切なものだと思います。
会に対する思い・考え 何の才能もないにも係わらず、父の存在だけで内弟子入りを許された自分です。お世話になった師匠の恩に報いるためにも「雅楽道友会」という演奏集団の手足として、少しでも力になりたいと思っています。
風評 中学生の頃より師匠に篳篥を習っていたが、その片鱗を見た者は少ない。国風舞、左舞の記憶力と技の確かさは随一で稽古は変に厳しい。几帳面で曲がった事を嫌うが、他人にはその基準が解り辛い。愛児の話題になると目を細め、多弁となる。

藤脇亮 (ふじわきりょう)

履歴 昭和55年8月生まれ

平成18年4月入門

平成22年楽師
担当 専職 笛 笙 左舞 琵琶
担当稽古 水曜日 笛副主任
楽器製作 笛・篳篥製作副主任
雅楽に対する思い・考え 雅楽は楽しいものだと思います。元々日本には正楽ではなく、宴会楽である俗楽のほうが主に伝わったのも単純に宴楽のほうが楽しかったという理由ではないでしょうか。勿論、雅楽をやっていますと辛い気持が先行する事もあります。しかしその根底には純粋な芸能としての楽しみがあるからこそ、続いているのだと思います。
会に対する思い・考え 平成18年に入門し22年に内弟子を卒業しました。同年代の内弟子が居なかったこともあり辛い4年間でしたが、雅楽全般に様々な事を学びました。自分で修得したものもありますが、大半は諸先輩方が残し繋いで来て下さった技や知識です。それを忘れず、これからは恩に対する奉公のつもりで会、また雅楽界発展の為に努めていく所存です。
風評 雅楽をはじめ宴会余興や各準備作業など何に於いても一生懸命だが、そんな彼を人は「情熱の空回り」と評する。広島県より上京し大学サークルで雅楽に出会う。優れた聴覚、記憶力、胃袋を持っており雅楽に活かされる日も近いと期待されている。心根は優しく、常軌を逸した動物への愛情表現には目を背ける者が多い。

福岡三朗 (ふくおかさぶろう)

履歴 昭和33年1月生まれ

昭和55年4月入門

昭和59年楽師 (平成6年より嘱託)
担当 専職 笛 右舞 琵琶
担当稽古 日曜日 笛、歌主任 不定期 絃初心者
楽器製作 笛類調律・新管評価
雅楽に対する思い・考え 今日、雅楽があるのは皇室、神社仏閣、時の権力者達の庇護のお陰です。音や動きなどの技術面だけではなく、それらの歴史的要素も伝統として残すことが本当の継承だと思います。柔道、剣道、茶道、華道などと同じく楽道ととらえ、自分に厳しく人には親切で、國を愛し礼儀を重んじることが出来る世界でなければならないと考えています。
会に対する思い・考え 内では廣教先生の「雅の道は続いてこそ」俊美先生の「和を以て楽を為す」の精神の基、一に拍子、二にメリハリ、三に音程との考えで伝え、皆が仲良く楽しくやっていける会でありたいと思います。外に対しては関わる人や団体と共存共栄できるよう努められる会でありたいと思います。
風評 意外にも宴会時に異才を発揮する。兵庫県出身で道友会には学生時代より出入する。突如発せられるシビアな言動はしばしば周りを慌てさせる。楽師としての技をバランス良く身に付けているが、常に気持が先行しているのか何を伝えたいのか判らない事が多い。家族、宮司を務める天祖神社、宝塚歌劇を愛する。趣味は温泉旅行と愛犬との散歩。