雅楽縹渺 序文

高円宮憲仁親王

 そのとき、ふと、いやな予感がしました。私の机の上を見たときのことです。

 そこには厚さ二センチほどのA3版のコピーの束が置いてありました。どこかでみた ことがあるような・・・・・・。呼び覚まされたくない記憶の淵の、静まりかえった 水の面がさわさわと波立ちはじめたような、胃が軽く収縮をはじめたような、そんな 感じがしました。一番上のページの真ん中には、『雅楽縹渺 東儀俊美』と書いてあ りました。
 三年前、宮内庁楽部の東儀さんから自著『雅楽神韻』の序文を書いて欲しいとお頼 まれしました。雅楽のことをよく知らないのでだいぶ逡巡しましたが、元宮内庁楽部 楽長のご本だからと結局お受けすることにしました。そして脳味噌を絞るようにし て、なんとか書きました。苦労しましたがとても勉強になりましたし、まあ一度くら いはいいだろうと思っていたのです。
 まさか二冊目があろうとは・・・・・・。(「二の句が継げない」とは、きっとこ ういうときに使うべき言葉なのでしょうね。)
 (中略)
 本書『雅楽縹渺』の、楽器の心になっての解説も洒脱ですし、そしてやはり何より 面白いのは東儀さん自身の回顧でしょう。楽家に生まれ、楽生から楽師となり、失敗 談も含めて様々な儀式・行事の思い出は、私もその同じ場に居合わせることもあった ので、なおさら興味深く読むことが出来ました。昭和天皇の大葬の礼の際、御柩をの せた御料車が宮殿を出発するときに奏でられた『道楽(みちがく)』の胸を突くよう な悲しい音色は忘れようとしても忘れることは出来ません。
 (中略)
 雅楽は、アジアのさまざまな地域に今日のある音楽の源流であり、それがかなりの 程度で元の形のまま保存されている宝箱のようなものだと思います。(中略)
 『雅楽神韻』とともにこの『雅楽縹渺』が一人でも多くの人に読まれ、雅楽という一 見難解で近寄りがたそうな伝統芸術をずっと身近なものにしてくれることを、心より 願っています。


〈目次より〉
第一章 続・舞の美学
第二章 続・雅楽問答
第三章 秦河勝と天王寺楽所
第四章 雅楽関係文献



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